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M&A・組織再編

紛争・裁判

No.
88

MBO等のスクイーズ・アウトによる価格と解体価値

(要約)

No.76「最高裁によるスクイーズ・アウトに関する価格決定が示唆すること」(July 29, 2016)で解説したところであるが、最高裁はスクイーズ・アウトによる価格決定を求める裁判において、関係当事者間の取引において一般に公正と認められる手続が実質的に行われた等の一定の条件を充足するならば、公開買付価格と同額の価格決定をすべきことを示唆する決定が示された。
また、M&A実務においては、事業継続を前提にした取引が基本となるため、収益性を重視した評価手法による評価結果に基づいて、公開買付価格を決定されることが通常である。
しかしながら、

「営業をゴーイング・コンサーンとして継続した場合に期待されるリターンの総和が、事業用財産を直ちに解体・処分したとすれば得られる対価(解体価値)を下回るケースにおいては、取引所の相場がない株式等の評価は、後者を基準になされるべきである。」「株式会社法 第6版」1)(江頭憲次郎著、有斐閣刊)19頁

(非上場会社の株式価値は、解体価値が下限を画する。)との学説があり、MBOの場合は、スクイーズ・アウトにより対象会社を100%支配することから、事業から撤退することで資産を自由に処分することでき、特に事業継続に疑義が生じる状況においては、事業から撤退し資産を処分する蓋然性がある。
解体価値を下回る公開買付価格でスクイーズ・アウトしたならば、公開買付者は、事業撤退により清算することで解体価値と公開買付価格との差額利益を実現することができ、スクイーズ・アウトを企図した時点で、このような意図があるならば、清算により実現する利益は、既存株主に配分すべき性格を持つものと考えられる。
したがって、事業継続に疑義が生じる状況においては、事業継続の合理性を慎重に検討することが、MBO等によるスクイーズ・アウトのあるべき公正な手続の一つであると考える。DCF法による評価結果に基づいて決定した公開買付価格が市場株価よりも高く十分なプレミアムがある旨の説明により、既存株主の利益に資すると安易に考えるべきではなく、解体価値を大きく下回ることが明らかであれば、解体価値をもって公開買付価格として考えることが必要な場面もあることに留意すべきと考える。

1. はじめに

既に、No.76「最高裁によるスクイーズ・アウトに関する価格決定が示唆すること」(July 29, 2016)で解説したところであるが、「ジュピターテレコム 株式買取価格決定抗告棄却決定に対する許可抗告事件」-許可抗告審(最一決平28・7・1[破棄自判])、抗告審(東京高決平27・10・14)、第一審(東京地決平27・3・4)-(以下、「JCOM事案」という。)2)「資料版/商事法務 2016年8月号」(株式会社商事法務刊)56頁「■最近の裁判動向■ジュピターテレコム 株式買取価格決定抗告棄却決定に対する許可抗告事件」参照において、スクイーズ・アウトによる価格決定を求める裁判では、一定の条件を充足するならば、公開買付価格と同額の価格決定をすべきことを示唆している。スクイーズ・アウトによる価格決定を求める裁判では、M&Aの実務家の間では、従前の価格決定を巡る裁判と一線を画す判断が示され、取引の安定性が確保されたことを評価する声が多い。
公開買付価格を決定する際に用いられる評価アプローチには、インカム・アプローチ(DCF法)、マーケット・アプローチ(類似上場会社比較法、市場株価法等)及びネットアセット・アプローチ(純資産法)の3つの評価アプローチがあるが、M&A実務においては、事業継続を前提にした取引が基本となるため、収益性を重視した評価が用いられることが通常である。ここで、ネットアセット・アプローチ(純資産法)は、超過収益力を考慮したのれんを加味しない限り、収益性を考慮した評価結果にならないため、M&A実務において採用されることは、めったになく、基本的に公開買付価格の決定に際して参考にする株式価値評価は、ネットアセット・アプローチ(純資産法)が適用されず、インカム・アプローチ(DCF法)、マーケット・アプローチ(類似上場会社比較法、市場株価法等)によって評価される。
一方で、「営業をゴーイング・コンサーンとして継続した場合に期待されるリターンの総和が、事業用財産を直ちに解体・処分したとすれば得られる対価(解体価値)を下回るケースにおいては、取引所の相場がない株式等の評価は、後者を基準になされるべきである。」3)「株式会社法 第6版」(江頭憲次郎著、有斐閣刊)19頁(非上場会社の株式価値は、解体価値が下限を画する。)との学説があり、非上場となるスクイーズ・アウトにおいてもこの学説を考慮することも考えられる。
しかしながら、そのような論議は、過去の判例においても参照されている経済産業省の企業価値研究会「企業価値の向上及び公正な手続確保のための経営者による企業買収(MBO)に関する報告書」(平成19年8月2日公表) (以下、「MBO報告書」という。)及び経済産業省「企業価値の向上及び公正な手続き確保のための経営者による企業買収(MBO)に関する指針」(平成19年9月4日公表) (以下、「MBO指針」という。)において取り上げられていないことから、本稿では、この観点からスクイーズ・アウトの価格について考えてみたい。

2. JCOM事案で最高裁が示唆したこと

改めてJCOM事案において最高裁が示唆したことを確認するが、最高裁は一定の条件を充足するならば、公開買付価格と同額の価格決定をすべきことを示唆し、一定の条件とし以下の2点をあげている。

  • 関係当事者間の取引において一般に公正と認められる手続が実質的に行われたか否か、買付価格がそのような手続を通じて形成された公正な価格といえるか否かを認定することを要し、それが認定される場合
  • 取引の基礎とした事情に予期しない変動が生じたと認めるに足りる特段の事情のないこと

前者は、公開買付価格の決定が、特別委員会による意見や第三者機関による価値算定の取得等による公正な手続を通じて決定されることであり、公開買付価格の決定が不公正でないことを意味する。後者は、公開買付価格決定後に、株式価値に重要な影響を与える事象(新製品の開発に成功し業績が好転すること、制度改正により市場環境が変化し業績が好転すること等)が生じていないことを意味する。
上記の認定ができない場合には、改めて株式価値の算定を要することになるものと考えられる。
JCOM事案の最高裁決定は、上記2点が充足されるならば、公開買付価格と同額の価格決定をすべきことを示唆するのである。
したがって、公開買付価格決定においては、公正な手続により決定することが肝要であり、これを充たしているならば、MBO等によるスクイーズ・アウトにおける株式買取価格決定に関する裁判では、公開買付価格と同額の価格決定をすべきと考えられる。

3. 公開買付価格決定における公正な手続により決定することの意味

(1)「MBO報告書」及び「MBO指針」による公正な手続

それでは、公開買付価格決定においては、公正な手続とは何かを理解する必要があるが、過去の判例においても参照されている「MBO報告書」及び「MBO指針」の趣旨にそった手続が公正な手続と考えられる。MBO報告書及びMBO指針は、次の3種類の枠組みで実務上の対応を検討することが重要であるとしている。特に MBO の場合は、買付者となる取締役が、取引に内在する構造上の利益相反の問題から、取締役が不当に利益を享受しているのではないかと疑われやすことも強調されている。

① 株主の適切な判断機会の確保

MBO において、各株主が納得して適切に判断し、その意思を表明できることが重要なポイントとなることにかんがみ、各株主の背景や属性等も十分に考慮して、株主の判断に資するための充実した説明を行い、かつ、株主が当該説明を踏まえた適切な判断を行える機会を確保する必要がある。

意思決定過程における恣意性の排除

MBO には、構造上の利益相反の問題が存在することにかんがみ、不当に恣意的な判断がなさなれないように、例えば、社外役員等の意見を求めた上で株主が判断するようにするなど、意思決定のプロセスにおける工夫を行う必要がある。

価格の適正性を担保する客観的状況の確保

MBO は、構造上の利益相反の問題に起因する不透明感が強いことにかんがみ、価格の適正性に関し、対抗買付の機会を確保する等の客観的な状況により担保がなされる必要がある。

上記の③が本稿における問題意識に関連するが、「非上場会社の株式価値は、解体価値が下限を画する。」の観点に触れておらず、事業継続を前提にした議論に終止されている。

(2) 「買収防衛策に関する指針」の趣旨から検討すべき公正な手続

約10年前、買収防衛策の導入に関する議論が高まってきていたが、経済産業省及び法務省は、企業価値、ひいては、株主共同の利益を害する買収に対する合理的な買収防衛策について、それが満たすべき原則を提示することにより、企業買収に対する過剰防衛を防止するとともに、買収防衛策の合理性を高め、もって、企業買収及び企業社会の公正なルール形成を促すことを目的として、「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」(平成17年5月27日策定・公表)4)http://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/keizaihousei/pdf/3-shishinn-honntai-set.pdf平成28年9月27日アクセス(以下、「買収防衛策に関する指針」という。)を定めた。「買収防衛策に関する指針」は、上場維持を前提にした企業買収でありMBOとは異なる面があるものの、既存株主の利益保護の観点では共通する。「買収防衛策に関する指針」は、株主の利益を損ねる企業買収の代表例をあげているが、MBOにも共通するリスクとして次のものがあげられている。

① 次に掲げる行為等により株主共同の利益に対する明白な侵害をもたらすような買収
(ⅰ)会社を一時的に支配して、会社の重要な資産等を廉価に取得する等会社の犠牲の下に買収者の利益を実現する経営を行うような行為
(ⅱ)会社の資産を買収者やそのグループ会社等の債務の担保や弁済原資として流用する行為
(ⅲ)会社経営を一時的に支配して会社の事業に当面関係していない高額資産等を処分させ、その処分利益をもって一時的な高配当をさせるか、一時的高配当による株価の急上昇の機会をねらって高値で売り抜ける行為
② 強圧的二段階買収(最初の買付で全株式の買付を勧誘することなく、二段階目の買付条件を不利に設定し、あるいは明確にしないで、公開買付け等の株式買付を行うことをいう)など株主に株式の売却を事実上強要するおそれがある買収

MBOの場合は、スクイーズ・アウトにより対象会社を100%支配することから、上記①は、いつでも自由に行うことができ、事業から撤退することで資産を自由に処分することが可能である。
このため、MBO 等のスクイーズ・アウトにおいて、事業継続に疑義が生じる状況においては、事業から撤退し資産を処分する蓋然性があり、この場合、解体価値を下回る公開買付価格で、スクイーズ・アウトしたならば、公開買付者は、解体価値と公開買付価格との差額利益を実現することができてしまい、スクイーズ・アウトがなければ、既存株主に分配されるはずだった利益を奪ってしまうことになる。

(3) MBO等によるスクイーズ・アウトのあるべき公正な手続

上記のとおり、事業継続に疑義が生じる状況においては、事業から撤退し資産を処分する蓋然性があることから、MBO 等のスクイーズ・アウトにおいて、事業継続に疑義が生じる状況においては、「非上場会社の株式価値は、解体価値が下限を画する。」の学説を考慮することが必要な場面があると考えられる。
したがって、事業継続に疑義が生じる状況においては、MBO等によるスクイーズ・アウトのあるべき公正な手続として、事業継続の合理性を慎重に検討することが必要であると考える。そして、容易に事業から撤退し、買付者が解体価値を実現することで、既存株主の利益を損ねる可能性がないことについて慎重に検討することが重要である。
なお、鉄道やバス等の公的なサービスを提供する事業であれば、赤字であることをもって事業撤退を簡単に意思決定できるものではなく、事業の性格上、撤退が容易でない場合には、事業撤退の確率を一定の前提をおいたシミュレーションを実施し、解体価値と継続価値との折衷により株式価値を評価する手法も考えられる5)このような手法をモンテカルロDCF法という。
赤字が継続する事業を黒字化し増収増益とするシナリオによりDCF法による評価結果に基づいて決定した公開買付価格が市場株価よりも高いことをもって既存株主の利益に資すると安易に考えるべきではなく、解体価値を大きく下回ることが明らかであれば、解体価値をもって公開買付価格として考えることが必要な場面もあることに留意すべきと考える。

4. 1株当り純資産額を下回る公開買付価格は認められるか

解体価値=上場会社の1株当り簿価純資産額と単純に主張することが稀に散見される。
1株当り簿価純資産額は、有価証券報告書において開示されているが、1株当り簿価純資産額は、資産処分時の時価評価を前提にしたものでない。また、清算するには、割増退職金等の多額の清算コストも見込まれるため、解体価値≠1株当り簿価純資産額なのであり、解体価値は容易に算出できるものではない。
それ故、事業継続に疑義が生じる状況においても、1株当り簿価純資産額を下回る公開買付価格が単純に否定されるものではない。しかしながら、公開買付価格が1株当り簿価純資産額を著しく下回る場合には、解体価値を下回る可能性があるため、慎重な検討・対応が必要であると考えられる。
なお、以下のとおり、2015年1月から2016年9月までのMBOをみると、公開買付価格が1株当り純資産額を下回るのは、12社中3社である。

なお、スター・ホールディングスは、DCF法による算定結果が、時価純資産法による算定結果を下回っていたため、「非上場会社の株式価値は、解体価値が下限を画する。」の学説を考慮して時価純資産法による算定結果に基づいて公開買付価格を決定している。

以上

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References   [ + ]

1. (江頭憲次郎著、有斐閣刊)19頁
2. 「資料版/商事法務 2016年8月号」(株式会社商事法務刊)56頁「■最近の裁判動向■ジュピターテレコム 株式買取価格決定抗告棄却決定に対する許可抗告事件」参照
3. 「株式会社法 第6版」(江頭憲次郎著、有斐閣刊)19頁
4. http://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/keizaihousei/pdf/3-shishinn-honntai-set.pdf平成28年9月27日アクセス
5. このような手法をモンテカルロDCF法という。

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